🍲 1月2日は、少しだけ背筋が伸びるすき焼きの日
元旦を無事に終えた翌日。
お正月の空気はまだ残っているけれど、少しだけ日常に近づく1月2日。
この日は、我が家では「ちょっと豪華なお鍋の日」と決めている。
今年はすき焼き。

豪華、と言っても高級料亭のようなものではない。
ただ、普段より少しだけいいお肉を買って、鍋を囲む。
それだけで十分特別だ。
写真の鍋の中には、牛肉、焼き目をつけた豆腐、えのき、しらたき、青菜、そして花形に抜いたにんじん。
ほんの少しの工夫だけれど、こうして並ぶと自然と気分が上がる。
「今日はすき焼きだよ」と言うだけで、なぜか食卓の空気が柔らかくなるのが面白い。
🥩 主役は牛肉。でも本当は脇役たちも大事
すき焼きと言えば、やっぱり牛肉が主役だ。
鍋の端でじゅっと色が変わっていく様子は、それだけでちょっとしたごちそう感がある。
割り下が絡み、ふわっと湯気が立ち上る。
でも、すき焼きは肉だけでは完成しない。
焼き目をつけた豆腐は、味を吸ってこそ本領発揮するし、
しらたきは地味だけれど、ないと物足りない。
えのきは甘みを出し、青菜は全体を引き締める。
そして、花形にんじん。
正直に言えば、味の決め手になるわけではない。
でも、この小さな飾りがあるだけで、鍋全体の印象が変わる。
私はこういう「ちょっとだけ手をかける」が好きだ。
完璧ではないし、盛り付けが劇的に上手いわけでもない。
それでも、自分なりに「きれいだな」と思える瞬間を作りたい。
料理は味だけじゃない。
気分も一緒に煮込むものだと思っている。
🍳 卓上で仕上げる時間の贅沢
鍋料理のいいところは、台所で完成させないところだ。
コンロを卓上に置き、ぐつぐつと煮えていく様子を見ながら待つ時間。
あれが何よりのごちそうだと思う。
写真でも、鍋の中がまだ動いている。
割り下が静かに泡立ち、具材が少しずつ沈んだり浮いたりする。
完成形を一気に出す料理と違い、すき焼きは「進行形」で楽しむものだ。
最初は肉から。
次に豆腐。
野菜は少し後で。
順番を相談しながら、少しずつ取り分ける。
このやり取りがあるから、ただの夕食ではなくなる。
忙しい日常では、こうしてゆっくり火を囲む時間はなかなか取れない。
だからこそ、1月2日にすき焼きをする意味がある気がしている。
豪華なのは、材料というより「時間」なのかもしれない。
🧂 甘辛の向こうにあるお正月の安心感
すき焼きの味は、甘辛い。
当たり前だけれど、この甘さと醤油の香りが、なぜか安心感を連れてくる。
子どもの頃に食べた記憶があるからか、
「今日はちょっといい日」という刷り込みがあるからか。
理由は分からないけれど、すき焼きの味はどこか懐かしい。
割り下を濃くしすぎないように気をつけながら、
肉の旨みが出るのを待つ。
料理はいつも試行錯誤だ。
毎年同じように作っても、微妙に違う。
それでも、「今年もできたな」と思える瞬間がある。
特別上手に作れなくてもいい。
ちゃんと温かくて、ちゃんと美味しい。
それで十分だ。
🌅 1月2日のすき焼きが教えてくれること
元旦は静かに。
1月2日は少し華やかに。
そんな流れが、なんとなく心地いい。
派手すぎない。
でも、ちょっとだけ特別。
私は、こういう「少しだけ背伸びする日」が好きだ。
毎日がごちそうだと疲れてしまうけれど、
たまにあるごちそうは、ちゃんと嬉しい。
すき焼きは、贅沢すぎない贅沢。
お肉が並び、湯気が立ち、取り分ける。
その一連の流れが、年始の気持ちを整えてくれる。
料理が完璧でなくてもいい。
盛り付けが完璧でなくてもいい。
でも、「今年も一緒に鍋を囲めたね」と思えることは、たぶん大事だ。
来年もまた、1月2日にはすき焼きをするだろう。
少しだけいいお肉を買って、
花形にんじんを抜いて、
卓上でゆっくり火を囲む。
そんな小さな習慣が、
一年をやわらかく始めさせてくれる。
豪勢ではない。
それくらいが、ちょうどいい。
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