【もりつけ解説】元旦は料理をしない方がいいらしいので作り置き効率を考えたら二人家族なのにビュッフェ会場になった

この記事は約3分で読めます。

🍱 元旦の朝、なぜか広がる小さなビュッフェ空間

元旦はできるだけゆっくり過ごしたい。
できれば台所に立たずに、お茶を飲みながらのんびりしたい。

そんな理想を胸に、年末の私は「作り置き」という選択をした。

少し準備しておけば、元旦は楽になる。
そう信じて、少しずつ、少しずつ、いろいろ作った結果――。

気づいたら、食卓はちょっとしたビュッフェ会場みたいになっていた。

二人家族なのに、小鉢がずらり。
てまり寿司も並んでいる。
お正月の定番のかまぼこや伊達巻もある。

「……あれ? 多くない?」

そう思いながらも、並べ終えたときの満足感はなかなかのものだった。

正直、ちょっと楽しかった。

🧩 「楽したい」が「作りたい」に変わる瞬間

もともとの目的は、とてもシンプルだった。

・元旦はなるべく休みたい
・洗い物を減らしたい
・気楽に過ごしたい

それだけだった。

でも、料理を始めると、不思議なことが起きる。

「これも少し作っておこうかな」
「こっちもあるといいかも」
「せっかくだし、もう一品」

こうして“楽したい計画”は、いつの間にか“作りたい欲”にすり替わっていく。

別に義務ではない。
誰かに頼まれたわけでもない。

でも、台所に立って、材料を切って、味を見ていると、楽しくなってしまうのだ。

たぶん私は、料理そのものが好きなのだと思う。

効率よりも、「作る時間」を選んでしまうタイプなのだ。

🍣 多すぎるけれど、ひとつひとつは愛おしい

今回の食卓は、量だけ見ると完全に作りすぎである。

それはもう、客観的に見てそうだ。

でも、不思議と「失敗したな」とは思わなかった。

なぜなら、並んでいる一つ一つに、ちゃんと理由があるからだ。

・これ、美味しくできたな
・これは前に好評だった
・これは自分が好きな味

全部、「好き」で選んでいる。

だから、どれも適当に作ったものではない。

小さなカップのおかずも、
てまり寿司も、
副菜も、
全部、自分なりに考えて作ったものだ。

多いけれど、雑ではない。
地味だけど、適当ではない。

そう思えるから、この景色は結構気に入っている。

😌 二人で囲む“ちょっと贅沢すぎる”元旦の時間

元旦の朝。

並んだ料理を前にして、まずは二人でしばらく眺める。

「すごいな」
「いっぱいあるね」

そんな会話をしながら、ゆっくり食べ始める。

急がなくていい。
次の予定もない。

ただ、好きなものを少しずつ食べて、ちょっとゴロゴロのんびりして、また食べる。

これだけで、十分にお正月っぽい。

確かに量は多い。

途中で「まだあるな…」とは思う。

でも、それでもいい。

残ったら、また次の日に食べればいいだけだ。

自分で作ったものだから、最後まで大事にできる。

そこが、外食とは違うところだと思う。

🌱 来年もきっと、少しだけやりすぎる

たぶん私は、来年も同じようなことをする。

「今年こそ控えめに」と思いながら、
結局いろいろ作ってしまう。

でも、それでいい気もしている。

なぜなら、それは「張り切りすぎ」ではなく、「楽しんでいる証拠」だからだ。

誰に見せるわけでもなく、
誰に評価されるわけでもない。

それでも、こうして考えて、作って、並べている。

それは、料理が好きで、家の食卓を大切にしたいと思っているからだ。

完璧ではない。
効率的でもない。
たまに多すぎる。

でも、自分なりにちゃんと向き合っている。

そのことは、ちょっと誇っていいと思う。

来年も、ほどほどに。
でも、愛情はたっぷりで。

そんな元旦を、また迎えたい。


#元旦 #お正月ごはん #作り置き #てまり寿司 #おうちビュッフェ #二人暮らし

タイトルとURLをコピーしました