🍱 元旦の朝、なぜか広がる小さなビュッフェ空間
元旦はできるだけゆっくり過ごしたい。
できれば台所に立たずに、お茶を飲みながらのんびりしたい。
そんな理想を胸に、年末の私は「作り置き」という選択をした。
少し準備しておけば、元旦は楽になる。
そう信じて、少しずつ、少しずつ、いろいろ作った結果――。
気づいたら、食卓はちょっとしたビュッフェ会場みたいになっていた。
二人家族なのに、小鉢がずらり。
てまり寿司も並んでいる。
お正月の定番のかまぼこや伊達巻もある。

「……あれ? 多くない?」
そう思いながらも、並べ終えたときの満足感はなかなかのものだった。
正直、ちょっと楽しかった。
🧩 「楽したい」が「作りたい」に変わる瞬間
もともとの目的は、とてもシンプルだった。
・元旦はなるべく休みたい
・洗い物を減らしたい
・気楽に過ごしたい
それだけだった。
でも、料理を始めると、不思議なことが起きる。
「これも少し作っておこうかな」
「こっちもあるといいかも」
「せっかくだし、もう一品」
こうして“楽したい計画”は、いつの間にか“作りたい欲”にすり替わっていく。
別に義務ではない。
誰かに頼まれたわけでもない。
でも、台所に立って、材料を切って、味を見ていると、楽しくなってしまうのだ。
たぶん私は、料理そのものが好きなのだと思う。
効率よりも、「作る時間」を選んでしまうタイプなのだ。
🍣 多すぎるけれど、ひとつひとつは愛おしい

今回の食卓は、量だけ見ると完全に作りすぎである。
それはもう、客観的に見てそうだ。
でも、不思議と「失敗したな」とは思わなかった。
なぜなら、並んでいる一つ一つに、ちゃんと理由があるからだ。
・これ、美味しくできたな
・これは前に好評だった
・これは自分が好きな味
全部、「好き」で選んでいる。
だから、どれも適当に作ったものではない。
小さなカップのおかずも、
てまり寿司も、
副菜も、
全部、自分なりに考えて作ったものだ。
多いけれど、雑ではない。
地味だけど、適当ではない。
そう思えるから、この景色は結構気に入っている。
😌 二人で囲む“ちょっと贅沢すぎる”元旦の時間
元旦の朝。
並んだ料理を前にして、まずは二人でしばらく眺める。
「すごいな」
「いっぱいあるね」
そんな会話をしながら、ゆっくり食べ始める。
急がなくていい。
次の予定もない。
ただ、好きなものを少しずつ食べて、ちょっとゴロゴロのんびりして、また食べる。
これだけで、十分にお正月っぽい。
確かに量は多い。
途中で「まだあるな…」とは思う。
でも、それでもいい。
残ったら、また次の日に食べればいいだけだ。
自分で作ったものだから、最後まで大事にできる。
そこが、外食とは違うところだと思う。
🌱 来年もきっと、少しだけやりすぎる
たぶん私は、来年も同じようなことをする。
「今年こそ控えめに」と思いながら、
結局いろいろ作ってしまう。
でも、それでいい気もしている。
なぜなら、それは「張り切りすぎ」ではなく、「楽しんでいる証拠」だからだ。
誰に見せるわけでもなく、
誰に評価されるわけでもない。
それでも、こうして考えて、作って、並べている。
それは、料理が好きで、家の食卓を大切にしたいと思っているからだ。
完璧ではない。
効率的でもない。
たまに多すぎる。
でも、自分なりにちゃんと向き合っている。
そのことは、ちょっと誇っていいと思う。
来年も、ほどほどに。
でも、愛情はたっぷりで。
そんな元旦を、また迎えたい。
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