🧺 旅館の朝食に憧れて、ついに“籠”を買った日
ずっと前から、心のどこかで憧れていた。
朝、障子越しのやわらかい光の中で、木の膳に並ぶ小鉢たち。湯気の立つ味噌汁。焼き魚。だし巻き卵。小さな籠に入った季節の野菜。あれだ。あれこそが「理想の朝ごはん」だ。
テレビやSNSで見るたびに、「いつか自分も…」と思っていた。
そしてある日、ネットで見つけてしまった。竹製の、ほどよく和風で、ほどよくおしゃれな籠。
「これがあれば、私も旅館になれるのでは?」
そんな軽い気持ちで、ポチッとした。
結果から言うと、この判断は間違っていなかった。
でも、正解でもなかった。
届いた籠を見た瞬間は、正直テンションが上がった。
軽くて、かわいくて、想像よりもちゃんと“旅館っぽい”。
「よし、明日は旅館だ」
そう決めた日の夜は、ちょっとだけ早く寝た。
🍱 いざ実践。籠に詰めたら“それっぽく”はなったけれど
翌朝。
いつもより少しだけ丁寧にごはんを作った。
・おにぎり
・味噌汁
・サラダ代わりの野菜たち
・おかず少々
・冷蔵庫にあった果物
・作り置きの残りもの
決して特別な食材ではない。
いつもの私のごはんだ。
でも、ここからが違う。
それを全部、籠に詰める。
レタスを敷いて、
その上にズッキーニ、かぼちゃ、トマト、とうもろこし。
小皿にタレを入れて、ちょこんと配置。
バランスを見ながら、何度も置き直す。
「ここかな…いや、違う…」
一人でブツブツ言いながら、10分くらい悩んだ。
完成した籠は、たしかに“それっぽい”。
写真に撮ると、なおさらそれっぽい。

「おお…旅館…?」
一瞬そう思った。
本当に一瞬だけ。
全体を見渡した瞬間、なぜか胸の奥に小さな違和感が生まれた。
きれい。
ちゃんとしてる。
おいしそう。
なのに、
「何かが違う」
🤔 何が違うのかわからないけど、確実に違う朝ごはん
この「何かが違う問題」、かなり厄介だった。
見た目は悪くない。
むしろ、いつもの自分基準ではかなり良い。
配色も意識しているし、
器も統一感がある。
おにぎりだって丁寧に握った。
なのに、旅館じゃない。
じゃあ何が足りないのか。
・魚がない?
・だし巻きがない?
・漬物が足りない?
・湯豆腐がない?
違う。たぶんそれだけじゃない。
しばらく考えて、気づいた。
「生活感だ」
私の朝ごはんには、生活感が染みついている。
・前日に切った野菜
・常備菜
・いつもの味噌
・いつもの茶碗
・いつものグラス
全部、“私の暮らし”。

旅館の朝ごはんって、
どこか非日常で、よそ行きで、借り物みたいな空気がある。
でも私のごはんは、どうしても「私の家」なんだ。
籠に入れても、
並べ直しても、
写真を加工しても、
「これは私の朝だよね」
って主張してくる。
それが、ちょっと悔しくて、ちょっと笑えた。
🌿 でも結局、この“違和感”がいちばん好きだった
しばらくしてから、ふと思った。
あれ?
別に、旅館になれなくてもよくない?
そもそも、私は女将じゃない。
仲居さんでもない。
ただの、家でごはんを作る人だ。
なのに、なぜ旅館を目指していたのか。
たぶん、
「ちゃんとした朝を過ごしたい」
っていう気持ちだったんだと思う。
だらだらせず、
適当に済ませず、
ちゃんと自分を大事にする朝。
籠は、その象徴だった。
完璧じゃない。
本物じゃない。
なんちゃって旅館。
でも、
・野菜をきちんと並べて
・器を選んで
・写真を撮って
・ゆっくり食べる
それだけで、気持ちはかなり整った。
違和感があるからこそ、
「これは私の暮らしだ」って思える。
借り物じゃない。
背伸びしすぎてない。
等身大のごはん。
それが、なんだか嬉しかった。
☀️ 憧れと現実のあいだで、今日もごはんを作るということ
旅館の朝食には、今も憧れている。
きっとこれからも、たまに真似する。
また籠も使うし、
また「違うな…」って思う。
でも、それでいい。
むしろ、そのズレこそが、私らしい。
完璧じゃないけど、
雑でもない。
がんばりすぎないけど、手は抜いてない。
そんな中間の場所で、
今日も私はごはんを作っている。
この籠は、たぶんこれからも出番がある。
季節が変わって、
中身が変わって、
また違う違和感が生まれる。
それを楽しめるようになったのは、
ちょっとだけ大人になった証拠かもしれない。
旅館にはなれなかったけど、
「自分の朝」はちゃんと作れた。
それで十分だな、と思う。
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